OKI'S DIARY 2011
このペ−ジはOKI自らが綴るコ−ナ−です。内容は随時更新されます。OKIが発信する生のメッセ−ジを感じて下さい。
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#320  2011年12月1日(木) 東北遠征〜西日本遠征!


11月13日にさいたま新都心で弾き語りをやった後すぐに東北遠征に出た。11月22日に一瞬東京に戻り、数時間自宅に寄った後、今度は西日本遠征。11月後半は仙台、岩手久慈、京都、小倉、姫路、とまさに東奔西走の日程。気づいてみればあっという間に12月。絆と拳を深め合う、魂の旅の日々。


前回のダイアリーで書いた、岩手大槌のマモチャン夫妻の広島新婚旅行。密着取材してくれた広島ホームテレビのツッチーこと土屋誠ディレクター。より深く被災地の現状を伝えたいと、今度は俺の大槌遠征に同行。11月16日。ツッチーとカメラマン脇田君を花巻空港でピックアップ。車で大槌へ。今回も仙台のBEATNIKSヒロユキに借りた車。いつも感謝です。

今回の遠征は11月に預かった物資と直接預かった義援金を届けに行くのが目的。
埼玉の八百屋まいど青果さんから、大量の根菜類、菓子類、レトルト食品等。
静岡の牛の削蹄師久恵さんから、10月の米に続き、静岡みかん、子供服等。
茨城の菓子会社の訓子さんから、有名なお菓子やクッキーなど大量の菓子類。
群馬の赤澤さん夫妻から、これまた超有名らしいラスクなど菓子類。
福島の勉夫妻から、たこ焼き器、子供用玩具、大槌高校野球部への贈り物。
仙台のヒロユキからは、いつも差し入れしてくれる缶ビール2ケース。
俺はジャンケン大会の賞品用にスカジャン類やTシャツ類やCD等あれこれ。
直接の義援金は「赤十字ではなく直接ビートニクス達に」という申し出のもの。福岡の美紀さんから4万円、愛知の里恵&一生さんから5万円をお預かりした。里恵&一生さんの方は、宇佐美優利さん、千尋さん、みっくん、杉浦さん、ばんちゃん、こうじさん達有志皆さんのカンパ含むとのこと。感謝です。皆さん、本当にありがとう。大槌、宮古、南三陸の仲間にガッツリ届けました。

以上の物資とツッチー達を乗せて、花巻〜遠野〜釜石を経由して大槌へ。津波の傷跡が今だ生々しい釜石の市街や、更に酷い両石、鵜住居地区辺りのあまりの惨状に絶句するツッチー達。絶句しながらも映像に収めるプロ魂。やはり生の自分の眼で見るあの風景は、己の想像を遥かに超えるものらしい。

そして大槌へ到着。町の入り口のローソンでキミオやマモチャン達と合流。まずは11月11日にオープンしたばかりの「おらが大槌復興食堂」へ。仮設テントではあるが、瓦礫の町大槌で初めて出来た飲食できるお店だ。隣のテントでは、被災前と被災後の大槌の様子が閲覧できるようになっている。ここを運営するのは皆20代〜40代と働き盛りの世代。みんな復興に燃えている。

そして瓦礫の町を一通り案内しながら、赤浜のアジトへ向かう。まずは初日の宴会。子供達も含め、お馴染みの仲間達が集まる宴。この夜はマモチャンの嫁ヒロヨの誕生日パーティーでもあった。みんながそれぞれ持ち寄ったプレゼント。呑んで食べて歌って笑って。俺からはレア物のスカジャンをプレゼント。深夜まで笑顔の花が咲く。

17日、ツッチー達は朝から取材。漁師マモチャンの仕事場である漁港。仮設住宅。町の様子など。午後から俺達も合流し、大槌町役場などで取材。ボロボロになった役場の残骸は今だ生々しく、痛々しく、胸に迫る。吹き抜ける風の音は、ここで亡くなった方々の無念の声のように響く。冷たい風が吹きすさぶ中、ツッチー達は真摯な取材を続けてくれた。

この日は大槌高校野球部も訪ねた。惇喜や利也達と2か月ぶりの再会。部員全員に各自の名前を入れたサイン入りCDを一人一人に手渡す。みんな凄く元気。利也もすっかり元気な様子でムードメーカー役を果たしていた。前にアニがCDを届けてくれたサッカー部の子達にも何人か会えた。逆境に負けない子供達。強くて明るい希望の光。ずっと応援してゆくから。

そしてこの夜は、もはや大槌恒例となった「拳を握ってジャンケン大会」。今回の賞品のスカジャン6着は悉く子供達が勝ち抜き、ゲットしていった。要するに俺一人対みんなで一斉にジャンケンをする単純な余興なのだが、これが恐ろしいほどに盛り上がる。みんな目の色変わるのだ(笑)。大槌STANDING STANDING首脳陣は悉く一回戦で撃沈するのが定番化(笑)。下らないと馬鹿にするなかれ。子供達やみんなの溢れる笑顔は何にも勝る。あの笑顔と爆笑轟く宴会は、瓦礫の町に咲く笑顔の花。息吹そのものだ。

さらに翌18日。壊滅した赤浜地区のツトム&マモチャンの実家の跡地で取材。その後再び復興食堂を撮影して、大槌での2泊3日間の取材は終了。この模様は広島取材分と合わせ、広島ホームテレビの夕方のニュース番組「Jステーション」の中で特集としてオンエアされることになっている。放送日は今のところ12月5日月曜日が濃厚とのこと。大事件等がなければ12月5日夕方6時台に広島ホームテレビで放送される予定。
ローカルで恐縮だが、広島で少しでも多くの人が観て何かを感じてくれれば。少しでも被災地支援の気持ちに繋がってくれれば、と願っている。


ツッチー達を大槌から仙台まで送って行く道すがら、釜石〜大船渡〜陸前高田〜気仙沼〜南三陸町と続く津波被災地を案内する。滅多にここらに来れる事のない広島人だ。目に、カメラに焼きつけてほしい。そして帰ったら少しでも多くの人に被災地のことを伝えてほしい。同行した大槌のキミオでさえ絶句するほどの陸前高田の壊滅ぶりの恐ろしさ。気仙沼や南三陸町の今だ酷いあの惨状。捨て置かれ朽ちる瓦礫の山。。。だがその中で、気仙沼の復興屋台村や、物資を届けに立ち寄った南三陸町の「居酒屋さとみ」のように、復興に向けて確かな希望の灯も燈りつつある事。逆境に立ち向かうたくさんの人達の事。伝えてほしいし、伝えてゆきたい。


三陸道の石巻インターを過ぎた辺りから仙台方面行きは結構な渋滞。ツッチー達はマモチャン号に乗り換えてもらい仙台駅まで送ってもらう事に。俺はこの日、ビーツの仙台ライブ。17時過ぎに会場のCLUB JUNK BOXに到着。準備やリハは問題なくあらかた終了しており、最終チェック的に軽く音合わせ。メンバー・スタッフみんな強者ぞろい。勝手知ったるハコだ。OK!準備は万端だ。

9月に続いての仙台ライブ。開演時間より随分前から、熱いビーツコール。歓声と拳に迎えられステージへ。この日のライブは「街の灯」からスタート。普段1曲目にやることはほぼない曲だが、思いを込めてこの日の1曲目にした。先ほど書いた、大槌の復興食堂や気仙沼の復興屋台村、南三陸町のさとみ。。。本当に一歩一歩、少しづつだが、確かに灯り始めた瓦礫の町の希望の灯。夜の帳が降りれば完全な闇に帰す瓦礫の町の、復興に向けた人々の確かな営み。街の灯を取り戻す為に、この先へ続く遥か行く道。ライブの熱さは生きている証。生まれるパワーは嘘をつかない。明日への糧だ。ビーツコールの嵐に感謝。宮城県内始め、今回も東北各地から集まってくれたビート二クス達、ありがとう!ローディーミツルの地元南三陸町の志津川軍団のみんなもサンキューでした!


19日。キミオとアニの先導で、仙台から岩手の久慈まで移動。途中、アニが以前から連れて行きたいと言っていた葛巻の「森のそば屋」へ。本物の水車で挽いた蕎麦。天然の渓流の清水。天然のヤマメの塩焼き。店の二階では婆ちゃん達が3人で蕎麦を打つ。とにかくめちゃくちゃ美味かった。凄い山の中なので行くのは結構大変と思うが、行ってみる価値は充分に有り。

そして久慈UNITYに到着。9月に下見に来て以来2か月ぶりだ。久慈は岩手県でも一番北の方にあり、ちょっと行けばもう青森県。八戸に程近い。UNITYのある市街中心部は目立った損傷はないが、港の方はやはり甚大な被害。
そもそもこの久慈UNITYでのライブは、人の縁の繋がりで成立したライブだ。今年4月まで5年間東京の新宿LOFTで働いていた三河ちゃんという子がいて、この子が久慈出身で、震災を機に久慈に戻り地元のライブハウスを盛り上げたいと。送別会で「必ず三河ちゃんと久慈でビーツのライブをやるから!」と約束した。その約束を果たしたわけだ。そしてせっかくだから大槌のバンドも出てもらおうと。で、ツトム&マモチャン兄弟の次兄コウタ率いるprisoner.11に出てもらった。メンバーみんな家も楽器も全部流され、全くのゼロからのスタートなわけだが、出演を決めた時点からこの日の本番まであいつらは目標に向かいトライしてきた。仮設暮らしの苦しい中で、ライブという目標に向かって一途に頑張ってきた。素晴らしい演奏だったよ。魂が込もった歌。思いが込もった音だった。客席最前列では阿部三兄弟のお母さんが万感の眼差しで声援を送っていた。大挙集合してくれた大槌軍団も万感の思いでコウタ達の演奏を見守っていた。なにせおらが町大槌の代表がビーツのフロントアクトを務めているんだ。大歓声と笑顔。地元久慈のバンドclover共々、本当に素晴らしいライブだった。

そして、ビーツ@久慈UNITY。ここまで熱い熱い最上級のライブになろうとは。予想を遥かに超えていた。最上級に最高の、最高の中の最高のライブだった。1991年の「STANDING STANDING CIRCUIT」での盛岡ライブ以来、実に20年ぶりとなる岩手県でのビーツ単独ライブ。20年前の盛岡を体験した人達も多々。「BARRIER CRASH」「STANDING STANDING」、まずは挨拶代わりに強烈パンチ2連発。客席の熱は一瞬にして早くもピークに。先月の宮古フェスの熱さももの凄かったが、もちろん規模は全然違うが、この夜の岩手ビート二クス達の思いの熱さもまたハンパない激しさだった。前日の仙台から無事発売できた宮古フェスのライブDVD『BRAVE FIST FESTA』。あれに勝るとも劣らない正真正銘の熱さ。叫び。大合唱。汗。涙。そして笑顔。凄かった。狭いハコゆえガッツリ凝縮されて、フロアは汗でビシャビシャ。「大切なあの街へ」「愛しき日々よ」・・・溢れる涙は良い涙。明日への糧だ。白血病で骨髄移植の手術を控える久慈の礼之にも勇気とパワーになったろう。子供達や若者達も含めた大槌軍団、フェスを支えた宮古チームの面々、釜石や盛岡、そして久慈の人達。。。岩手県人の熱さ、マジでハンパない。

アンコールで、あの瓦礫の中から見つかった泥だらけのTシャツを初めて着た。瓦礫の中でどっこいタフに生きていたあのTシャツ。大槌軍団から託された。再生の証。俺がステージで着て全国のビートニクス達に伝える。彼らの強さを。
最上級の熱いライブを終え楽屋に戻ったら体中からマジで湯気が立っていた。三河ちゃん、店長小田君、来年も絶対またやろう。ありがとう久慈。最高でした。

打ち上げは、久慈でも拳を握ってジャンケン大会(笑)。大盛り上がり(笑)。大槌首脳陣に負けず劣らず見事一回戦で撃沈してゆく宮古勢がまた愛しい(笑)。最後にSEIZIが出した超レア物賞品を、大槌の番長の息子遥可(はるか)君8歳が、大激戦の末、見事にゲットしたのも素晴らしい結末だった。正に名前の通り。ここから遥か繋がる未来。心は寄り添い、繋がっている。

20日朝、宮古のミノルの車に宮古への物資を託し、久慈の町を後にする。メンバーは機材車で東京へ。俺は野田〜田野畑〜田老〜宮古〜山田を経て大槌へ。この夜は、この遠征最後の大槌での宴会。子供達のパワーも大炸裂(笑)。てんやわんやに賑やかな大槌打ち上げとなりました(笑)。今回も本当ありがとう。

21日、大槌を後にし、キミオ、ツトム、マモチャンを連れて南三陸町へ。再び南三陸町に追加の物資を届ける。そして居酒屋さとみで志津川軍団と宴会。志津川も子供がいっぱい。俺は子供達のおもちゃにされて汗だく(笑)。でも子供達の笑顔が嬉しい。みんなちびこいのにホントよく頑張ってる。
さとみの子供達は4人。長女の夏蓮ちゃんは6年生で、将来の夢はスノボの選手。既にいろんな大会で好成績を修めていて、本格的にプロを目指している子だ。最近では、震災の語り部として大勢の人の前での講演会もこなしているという。すごく気配りのできる芯の強い子で、素直に応援したくなる真っ直ぐな子だ。長男の礼君は4年生。眼鏡が似合う知性派で、ものすごい姉弟思いの優しい子。まだちびこい弟達・・1年生の禅君と2歳の空君の面倒もすごくよく見ている。
他にもミツルの後輩信家のおしゃまなちびっこ姉妹や、正樹んとこのちびっ子、サチんとこの華ちゃんと晴君のやんちゃ姉弟などなど、子供達てんこ盛り。「この子達が自分の将来に素直な夢を描けるように町を復興させていきたい」っていうのが志津川や大槌のみんなの口癖だ。本当に、俺も強くそう思う。この子らの為にできることはまだまだいくらでもある。連帯していこう。

この日大槌から南三陸まで行く途中、陸前高田辺りからちらちらと雪が舞った。この冬初めて見た雪だ。この夜の志津川はまさに満天の星空。冬の星座。冬の訪れ。これから厳しい季節を乗り切ってゆくみんなを少しでも暖めたい。心穏やかに、柔らかく、暖かくなるように。うん、できることはまだまだある。

この夜は志津川のイケメンよし君家にキミオ達も一緒に一泊させてもらった。潔癖症のよし君にはさぞキツイ男臭い夜だったろう(笑)。心から感謝です。翌22日、キミオ達が大槌とは逆方向の三陸道矢本PAまで見送ってくれた。俺達もこっちから帰るんで…なんて言いつつ、さりげなく。優しいヤツラだ。名残惜しいが、この日の夜から西日本遠征。東北を後にして東京に戻った。


22日夜、メンバー・スタッフと合流し、機材車で名古屋まで走り一泊。この時期の京都は紅葉真っ盛りで、京都市内のホテルが取れなかったのだ。

23日、京都MUSEにてライブ。いやー京都ライブ、マジ素晴らしかった。フロアの熱をすごくグイグイ上げれていったゴキゲンなライブだった。この日も小学生連れの親子参戦の人が結構いて、子供達の表情がキラキラ。
この日もアンコールで、瓦礫の中から見つかったあのTシャツを着る。岩手以外の場所で初めてこのTシャツを着てみて、あらためて決意を強くした。託された思いを、より強く伝えていこうって。少しづつでも誰かの心に届いて繋がっていけばいい。広がっていけばいい。
そしてもう一つ気付いた。実はこのTシャツ、激しく汗をかくと匂いが立ち昇る。汗の匂いとは違う、恐らく繊維の奥に沁みついているのであろうあの匂いだ。ヘドロと油と海水と生臭さと、或いは誰かの命だったはずの香りが混じり合った、あの瓦礫の匂いが立ち昇るのだ。客席には臭わないだろうが自分ではわかる。それでまた意を一層強くした。このTシャツに袖を通すと身が引き締まる。不思議なことにネガティブな感じは一切なく、ポジティブな気に溢れている。多くの悲しみと一緒に2カ月以上も瓦礫に埋まっていたこのTシャツだが、悲しみを超える強いパワーが宿っているのだとしか思えない。気の力が凄い。このツアーの残り3本も全箇所着るよ。既にボロボロだがまだ着れる。こいつは確かに生きていて、みんなと同じく今をタフに生きているんだ。


京都ライブの後広島で2日間のオフ。そして26日小倉で九州初の吟遊詩人。旧友の中村敦との2マン。あいつも相変わらず魂の込もったイイ歌を歌う。2マンなのでいつもよりは若干短めの設定だったが、良いライブができた。俺はお客さんの眼を見て話す。特に、共鳴してくれてるなぁと感じれば尚更。この日も、客席のお客さん達と共鳴し合えてると感じる場面が多々あった。九州弾き語りもすごくイイ感じ。来年もまたやりたいね。感謝です。


小倉ライブ後すぐに広島まで走り、翌27日姫路へ移動。そして姫路ライブ。一年ぶりの姫路Betaは、さすが言うことなし!実に姫路らしい熱い夜。牟田に言わせると「姫路、イイ意味で田舎!田舎独特のノリがイイ感じ!」(笑)。 そのとおり(笑)。姫路は常に最高。頭ではなく本能で感じ合う野性的なライブ。昔からそうだ。久慈UNITYと双璧の狭いハコ。男も女も汗まみれ。俺は客席に身を乗り出して噛みついて歌うし、獣のように叫び倒す(笑)。山根の煽りも最高潮。牟田のキレの良さはとどまるところなしの超強力さ。最近は3曲歌いあげるSEIZIもゴキゲンに何度もモニターの上に飛び乗る。関西の穴場姫路Beta。感謝です。まだ来たことない人は来年ぜひ!オープニングアクトのカズキとジャガエルにも感謝。来年も宜しく頼むぜ!

そしてこの日の姫路でも先日の京都でも、東北への物資をたくさん預かった。京都では、OLIVECROWN木村さんご夫妻から、米100キロ。前述の愛知の里恵&一生さんから、今度は米20キロと大量のソックス類。姫路では、NORIさんから、米30キロと食器類と衣類とタオル類。とりあえず全部機材車に積んであるので、機材車は常にパンパン状態。皆さん、本当にありがたいかぎりです。12月中にはガッツリ届けますので!


さてと!ここ2週間の動きを書いたらまたガッツリ超長文になってしまった。毎度の長文を読んでくれてる皆さん、ホントありがとう、ご苦労さんです(笑)。ここ最近、物資の申し出も増え、ここにきて支援の輪が急速に広がっている。ありがたいかぎりです。思いと共にきっちり届けますので今後ともよろしくです。

さぁ!今年のツアーも残すところあと3本。明日の大阪!土曜日の名古屋!そして11日のツアーファイナル東京!全身全霊、めいっぱい魂込めていきます!ビーツの最強のパワーソングを。待ってろ大阪JANUS!名古屋QUATTRO!そして東京渋谷O-WEST!ガッツリ楽しみにしててください!鳴りやむことのないロックンロールを!
We hear CALL S.O.S from East Japan」「To save them,let’s send the mind」
POWER TO YOU! POWER TO JAPAN!」


追伸。そして早くも来年2012年の年明けライブスケジュールが決定!ビーツの年明けワンマンライブは2月11日新宿LOFT!タイトルは「復興の力」!そして来年はなんとその前に正月早々から吟遊詩人弾き語りをやることにした!初の名古屋と、東京で。しかもそれぞれ2か月連続で、1月と2月の2回づつ!歌の力を再確認できたからね。来年はこれまで以上にガンガン歌っていくよ。詳細発表は週明けの予定。ファンクラブの人には今日明日にも会報が届く。週明けからの宮古DVD通販発送開始と共にいろいろ楽しみにしててください!前だけ向いてガッツリ転がってゆくビーツのロックンロールを!


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