OKI'S DIARY 2011
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★★★★★★★
#319 2011年11月12日(土) 広島遠征から帰京。そして来週は東北遠征!
何とお礼を言えば良いだろう。今回の広島で得たもの、あらためて感じたものの大きさ。生まれ育った故郷広島という街が持つ意味の大きさ。友達、仲間、人の縁の大きさ。心の繋がり。広島で共に時を過ごした人みんなに感謝。とても意義深い広島遠征だった。
おまけにライブは最高級に最高で最強な、素晴らしいライブをやらせてもらえた。手前味噌とはわかっているが、まさに言葉にできないくらい素晴らしいライブだった。当たり前だが、ライブとはやはり思いだ。我が胸に抱く思い。人それぞれ胸に抱く思い。思いと思いが共鳴して更なる高みに昇華する。奇跡のような瞬間の連続のライブだった。集ってくれた人みんなに感謝。地元の仲間達に。そして遠く遥々来てくれたあいつらに。
11月1日帰広。その晩、親友平尾と呑んだ帰り、実家の目の前で数年ぶりに鹿と遭遇。SEIZIの歌にある“急な坂道〜”のまさに途中。どんだけ田舎なんだよと一人笑いつつ、ふと夜空を見上げれば、これまた笑ってしまうほど田舎まる出しの満天の星空が広がる。今にも降ってきそうな星空。自然に北の地の星空と重なり、しばらくずっと眺めていた。
翌日11月2日は親父の命日。17回忌の法要を営む。時の流れの速さに、遠い日を思う。胸に去来する様々な面影は、だがいずれも穏やかで、後悔さえもどこか優しく懐かしい。過ぎ去った日々はただただ愛しく、やわらかな追憶を呼び起こし、胸の奥を暖かくする。そういえば牟田君の日記に懐かしいエピソードが載っていた。興味ある人はこちらへ。
http://www.anan.ne.jp/muta/HP/pages/etc/e-201111/e-20111108.html
http://www.anan.ne.jp/muta/HP/pages/column/c-13.html
11月3日。生まれて初めて広島の地を踏むマモチャンとヒロヨを広島駅まで出迎える。新聞やネットで読んでくれた人も多いと思うが、二人は岩手県大槌町からの客人だ。
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000001111020003
大槌で彼らと出会った朝日新聞広島総局の記者・柴田君が熱い記事を書いてくれた。文字通り荒波を乗り越えて入籍し、夢であった広島への新婚旅行を実現させた二人。OKI’S DIARY #308で紹介した「地震直後の荒海に船を出し、名前の通り生きて大切な船を守った男」がマモチャン。「肉親を喪い、家を流されながらも『気持ちはもう被災者じゃないし、強い子なので頑張ります!』ときっぱり言い切った女の子」がヒロヨだ。#309で紹介した、瓦礫の中から「泥だらけのTシャツ」を見つけたのもこの二人だ。
約束どおりホテルの手配をし、観光プランを組み、ツアコンばりに広島の街を案内する。初日はまず初お好み焼き、原爆ドーム付近を少し歩いた後、ブルーベルベッツへ案内。ブルーベルベッツというのは広島のロックンロールショップで、その筋では有名な店。二人はここで山ほど買い物するのが長年の夢だった。マモチャンの兄貴ツトムも同じで、「いつか絶対に広島でビーツのライブ観て、ブルーベルベッツで買い物するのが夢」と、初めて会った時から言っていた。今回は弟夫婦の新婚旅行に先を譲ったというわけだ。
買い物に付き合っているところに、知り合いの広島ホームテレビの報道ディレクター・ツッチーから電話。聞けば新聞記事を読み、二人の広島滞在中の密着取材の依頼だった。二人を通して、広島の人達にもっと被災地への関心を高めたいと。本当にありがたい。急遽翌日からのロケ取材が決まった。この夜は平尾宅で大人数での鍋パーティーに参加。極端な話、生まれて初めて東北人と会ったという広島人も多数。マモチャンとヒロヨのリアルな津波の体験談や、現地の被災状況などに皆、食い入るように聞き入っていた。
11月4日。この日マモチャン夫婦には内緒で、大槌から来たもう一組の夫婦と合流。大槌軍団のリーダー格キミオ夫婦だ。震災直後の3月中旬、あの瓦礫にまみれた惨状の大槌から、まさに魂を揺さぶる熱く力強いメールを送ってきてくれたのがこのキミオだ。こっそり広島に来てマモチャン達を驚かせてやろうというお得意のサプライズ作戦。我々はこういう仕掛けが大好きだ(笑)。そして作戦はもちろん大成功。お好み焼きの「みっちゃん」でマモチャン達が昼メシ食ってるところにこっそり手引きし、死角から突然登場のドッキリご対面。二人の心底驚いた顔、爆笑の渦と感激の涙、良かったよ。
この日は午後から宮島を案内。ツッチー達テレビクルーも合流し、同行ロケ開始。外国人や御年輩の観光客も多く、何のロケかと皆振り返る。世界遺産・宮島。厳島神社。最後はロープウエーで弥山の山頂に登り、瀬戸内海を一望。兄弟でワカメ養殖を営む漁師マモチャンは目ざとく牡蠣筏に興味を示す。焼き牡蠣とあなごめしをふるまって宮島を後にする。市内に戻り、俺がこの日ラジオに生出演するため皆でNHKへ向かう。
番組はFMの「ぶち☆なま」という若者向け生放送番組。知り合いの担当ディレクターぶち蔵さんの計らいで皆スタジオ見学に。と、生放送開始わずか10分前、キミオ達の姿が見当たらなくなって大騒ぎに。NHKはセキュリティがきつく、屋内でも一旦ドアを出たら外側からは開かないドアが無数にあり、見事に迷子になったらしい。やるぜ(笑)。
俺はこの日は番組開始から最後までずっと出ずっぱりだったのだが、番組の中盤辺りでぶち蔵さんが突然ヒロヨをスタジオの中に連れてきてマイクの前に座らせた。えっ!?何!?と聞く間もなく番組は進行。なにせ生放送だ。なんとまあ強引にヒロヨ人生初のラジオ出演と相成った。この時マモチャンは少し離れた控室で放送を聴いていたそうで、突然スピーカーから流れてきた我が嫁の声に腰が抜けるほど驚いたと言っていた(笑)。
でも真面目な話、ヒロヨは実にリアルで真摯なメッセージを発信した。凄く立派だった。震災で瓦礫の町と化した大槌と、原爆で焼け野原と化したかつての広島。まさに全くのゼロの状態から現在の姿に復興した広島の街を目の当たりにした彼女の言葉はとても力強かった。瓦礫だらけの焼け野原から、ビルが立ち並ぶ街に復興した広島。ヒロヨの「復興した広島の街を見て元気貰いました」という言葉が聞けて、広島に来てもらって本当に良かったと思った。番組の様子はMP3で聞けるので、興味ある人は是非。
http://www.nhk.or.jp/hiroshima/buchi/mp3/index.html
11月5日。ライブまで昼間はたっぷり時間があるので、原爆ドーム、平和公園を案内。「のっぽのビルが立ち並ぶ街の真ん中に突然時間の止まった不思議なスクエアがある」ってやつだ。そして原爆資料館へ。修学旅行などで行ったことがある人も多いと思うが、館内には被爆当時の悲惨な様子を伝えるたくさんの写真や資料などが展示されている。凄惨を極める火傷した被爆者の写真や、ちぎれた服、折れ曲がった鉄骨、焼けた壁・・・。被爆直後の広島の、まさに瓦礫の町としか言いようのない風景がそこに刻まれている。マモチャンは泣いていた。号泣だった。溢れる涙を隠しようもないほど。瓦礫の町・・・。リアルに今その状況にある大槌の風景と重なる。何度も「本当に似てますね」と言った。
俺が初めて大槌の町を見た時に感じたのも「まるで被爆直後の広島の風景みたいだ」というものだった。町ごと根こそぎやられ、全てが瓦礫と化し、たまに焼け残った建物がぽつぽつとあるだけの風景。マモチャンもまた「ここから町を復興させた広島の人達はすごいっすね。俺達も負けてられねぇっす!」という言葉をくれた。OK!その通りだ!
そしてこの夜の広島ライブ。いろいろなタイミングが重なって、すごく久しぶりに11月にやることになった広島ライブ。親父の17回忌の年に。それも16年前に親父の葬式をした11月5日に。全ては偶然なのだが、やはり縁やタイミングってあるんだな。
中盤で「大切なあの街へ」から「MY HOME TOWN」「愛しき日々よ」、そして「親愛なる者」。SEIZI、山根、牟田、それぞれの思いの熱さや深さが昇華して素晴らしい音を奏でる。客席では、またもや号泣のマモチャン。その背中を優しくさすってやっているキミオ。生前の親父を知っている地元の仲間達や、集まってくれたビートニクス達の思いが熱い。かなりの人達が熱い涙を浮かべ、思いを共有してくれているのがわかる。共鳴している。「瓦礫の町で」「BRAVE
FIST」「拳を握って立つ男」・・・鳴りやまないビーツコール。ロックンロールのビートで人の心が一つになる瞬間。理屈も何も無い原始的なパワーだ。言葉にできないほど本当に素晴らしい体験をさせてもらっている。心から感謝してます。
この夜の打ち上げはいつにも増して賑やかに。地元広島の仲間達に遠征組も加わってガッツリ派手にやり上げた。「日本団結」リストバンド200個10万円分を東北の人達にプレゼントしてくれた神戸のファンの方もきっちりキミオ達に紹介できたし良かった。そこら中でいろんな出会いが広がり、文字通り笑顔の花が咲く、素晴らしい宴だったよ。
11月6日。この日は呉の街を案内する。呉は元々日本有数の軍港として発展した街で、あの戦艦大和もこの呉で建造された。そのドックは今も“戦艦大和のふるさと”として現存していて、しかも今も実際に船が建造されているれっきとした現役のドックだ。
海軍の町、呉は今も海上自衛隊の重要な基地であり、その歴史や素晴らしい功績を知る事ができる「鉄のくじら館」では退役した本物の潜水艦あきしおの内部を見学できる。海上自衛隊の重要な任務である機雷撤去の、本当に尊敬に値する素晴らしい仕事ぶりも知ることができる。今回の震災でも自衛隊の方々の被災地での働きは本当に素晴らしく、瓦礫撤去や道の整備、風呂の設置、行方不明者の捜索…過酷な状況の中、本当に尊敬に値する仕事ぶりだった。本物の警備艇や潜水艦が見れる「アレイからすこじま」や、数々の資料や遺品や本物の零式戦闘機(ゼロ戦)や人間魚雷「回天」など様々な貴重な物が展示されている「大和ミュージアム」と併せて、日本人なら必ず一度は見ておいた方が良い。特に、当時の方々の遺書は涙なしでは読めないほど心に深く沁み渡る。
大槌のみんなは特に震災で自衛隊にものすごくお世話になったこともあり、呉の見学も心に響いてくれたようだった。なにせ大槌は海と共にある町。マモチャンは現役の漁師、キミオは造船業、ヒロヨは自衛隊の士官募集に応募したこともある程の人だから尚更だ。
そしてこの日の夜はうちの実家で鍋をふるまう。お袋とSEIZIも一緒に沖家で宴会(笑)。最初はみんなずいぶん緊張してたみたいだが(笑)まぁそれなりに良い思い出になってくれてればいいなと(笑)。人生ってのは良くも悪くも、思いもよらない事ばかりだが、縁というものは確実にあって、それが互いを心豊かにさせていくものだとつくづく思う。
冒頭でも書いたが、今回の広島で過ごした日々は本当に多くの人達との縁、出会い、大切なもの、生まれ育った街広島の持つ意味、…いろんなことを感じさせてもらった。本当こうして生かさせて貰ってることがありがたいなぁと、心から感じる日々だった。
11月7日。広島駅でマモチャン夫妻を見送り、俺のツアコン業務は無事終了(笑)。キミオ夫妻は車で来ていたので、実家にストックしておいた米約300kgを車にガッツリ積み込んで大槌まで持って帰ってもらった。来週俺が大槌に行くので、その時に宮古や南三陸町の分を配分する算段になっている。この米は前回のダイアリーに書いた静岡の削蹄師・久恵と仲間達からの約200kgに、つくばの浩一、広島の後輩升田夫妻などから預かっていたものだ。この場を借りてあらためて、本当にありがとう!感謝してます!
ちなみに、密着取材を続けてくれていた広島ホームテレビのツッチー達テレビクルーも大槌に遠征して現地でも取材をしたいとのことで、来週の遠征に同行することになった。朝日新聞の柴田君といい、広島では報道される量も減ってきた被災地の様子を伝えてもらえることは本当にありがたい。柴田君、そしてツッチーこと土屋誠ディレクター、本当に感謝してます。ありがとう!
震災から8か月。昨日宮古から届いたメールでは、今朝は車のフロントガラスに氷が張っていたそうだ。これから東北はどんどん寒くなる。だけどみんなの心はホットだ。
ローディーミツルの地元・南三陸町からは、奥さんのご実家の居間で仮営業していた「居酒屋さとみ」がプレハブの仮店舗をオープンさせたという嬉しい便りが届いている。
大槌でも「おらが大槌復興食堂」が昨日ついにオープンした。瓦礫の町に灯が灯った。キミオやマモチャン達・大槌STANDING STANDINGの面々は山ほどの広島土産を酒の肴に、総決起集会と称してさっそく大宴会を催したとのこと(笑)。俺も来週ガッツリ行くぜ。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111112_4
さぁ!明日の日曜日さいたま新都心での吟遊詩人弾き語りをガツンとやり上げたら、来週は1か月ぶりの東北遠征だ。そして、前回知らせた宮古フェスのライブDVDだが、なんと!業者さんのご厚意によって、来週の半ばには早くも納品されることになった!つまり来週の仙台ライブに間に合うことになったんだ。すげー!なんといっても東北の人達にあのライブの映像を少しでも早く観てもらえるに越したことはない。なので早速来週18日の仙台ライブから、ライブ会場での先行販売をスタートさせてもらいます!
仙台、岩手久慈と続く東北遠征。そしてその後すぐに京都・小倉・姫路・大阪・名古屋。なにぶんビーツチーム・スタッフ含めてめちゃくちゃスケジュールが立て込んでいて、この名古屋遠征から帰ってくるまでは全員全く東京にいない状況です。なので通信販売については名古屋から帰京してからになります。12月の2週目だね。よろしくです!
前回も書いたように、このDVDは今までにリリースしてきたライブDVDとは違って、何台ものカメラのスイッチングもなければ、入念にMIXした音でもない。まったくの手持ちカメラ1台による完全なるドキュメント映像だ。だから、いわゆる作品としての完成度やクオリティーを重要視する人には特にはおススメはしない。そういう人にはこれまでにリリースした『FIST
GO UP!』や『GO STRAIGHT!』のDVDの方がおススメだ。
今回のDVD『BRAVE FIST FESTA』は本当に手持ちカメラ1台。音はPAスピーカーから実際に会場に流れている完全なる生音。お客さん達の叫び声や歌う声ももちろん生声。ところが、これが本当に素晴らしいのだ。撮影したのは、熱い映像を撮ることで有名なワンカメ職人・ダイナミック映像柴やんこと柴山正之君。本当に素晴らしい。音も完璧。当日のPAを担当してくれた盛岡CLUB
CHANGEの音響スタッフさんも最高の腕前なのだ。
アンコールで柴やんがPAスピーカーの真ん前近くで撮影してる2曲だけ若干レベルがオーバー気味で音割れ気味になってるのだが、我々的には全くノー問題。むしろ臨場感が増して、まさにライブ会場にいるかの様だ。そういうの嫌いな人は嫌かもしれないが、我々プロの眼から観て、そして耳で聴いて、全く問題ない。というかあの日のライブをこれ以上ない形で完璧に記録したもらえたことに心から感謝している。さっき説明したように、映像のゴージャスさやいわゆるクリアーな音質のDVD作品を好む人には無理におススメするつもりは全くない。あのフェスの意味、2011年10月の東北の人達の熱いリアルな記録映像としての価値を見いだせる人のみにガッツリ味わって観て貰いたい。
あのフェスの意味。あのフェスに集まっている東北のみんなの闘いの日々。なによりも映像に映っている多くの東北ビート二クス達が震災以降どんな思いで生きてきたか。無数に突き上げられる拳、声も枯れんばかりの歌声、心から溢れる笑顔、熱い涙・・・。それらが、これ以上ないリアルさで映像と音に刻み付けられていて、正直俺は泣けた。あいつらのあんなに楽しそうな顔。会場で会ったたくさんの人達のあんな楽しそうな顔。復興に向けて力強く歩んでいる東北の人達のパワーをどうか全国の人達に観てほしい。そして一人でも多くの人が、何でもいいから小さな事でもいいから何らかのアクションを起こすことに繋がってくれればいいなと思う。そして俺も今また更に東北の人達と連携して準備を進めている事がいくつかあるので、このDVDの売上からも少しでも多くの支援金や資金提供にまわしたいと考えている。継続は力なり。まだまだこれからだ。
よしっ!まずは明日のさいたま。ガッツリ歌いに行くよ。めいっぱいのパワーソングを。そして東北遠征。冬の寒さを吹き飛ばす熱い熱いビーツライブを届けに行くから!さらに止むことない熱い思いを各地に届けて廻るから!楽しみに待っててください!全身全霊、めいっぱい魂込めて熱く行く!鳴りやむことのないロックンロールを!
「We hear CALL S.O.S from East Japan」「To save
them,let’s send the mind」
「POWER TO YOU! POWER TO JAPAN!」
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