OKI'S DIARY 2011
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★★★★★★★
#317  2011年10月14日(金) 岩手三陸復興支援LIVE in 宮古「BRAVE FIST FESTA」!


10.2千葉、10.7熊谷、10.8横浜と続いた秋のツアー開幕3連戦をガッツリやり終え、行ってきました岩手三陸復興支援LIVE in 宮古!パワーに溢れた凄いイベントだった。

横浜ライブ翌日の9日朝に東京を出発し、東北道から三陸道と国道45号線を走って、南三陸町〜気仙沼〜陸前高田〜大船渡〜釜石〜大槌町〜山田町〜宮古に至る沿岸の道。まずはいつものように、ローディーミツルの故郷・南三陸町の志津川と歌津に立ち寄る。
現地を訪ねるのが初めてのメンバーもいるので、仮設に寄ってミツルの母さんに紹介。津波で壊滅した志津川の町や、跡形も無くなった歌津のミツルの実家の跡を案内する。
夕方、大槌町で大槌ビートニクス達と合流し、吉里吉里、山田を抜け、一路宮古へ。宮古に到着して、主催者のミノルやコウキ達ワカシの会、実行委員会E-ROCKSの面々、久しぶりのSAの面々と合流。心づくしの歓待を受け、明日に向けての気勢を上げる。

そもそものきっかけは宮古で丸福魚店を営むミノルから届いた一通のメールだった。「震災で津波被害を喰らった宮古の町でどうしても復興フェスをやりたい」、「OKIさん、ビーツに復興ライブをやってもらえませんか?」という内容だった。メールを読んで感銘を受けた俺はすぐにミノルに電話をした。で、「OK、やろう」と。
そして7月に仙台でミノルと会い、お互いの意志を確認。すぐにフェスが動き出した。イベントタイトルを「BRAVE FIST FESTA」と名付け、参加バンドも続々と決まった。NEOVISIONとしても全面協力し、ビーツのチャリティTシャツに宮古フェスの告知を背中に入れたバージョンを制作し、スタッフTシャツとして無償で彼らに提供した。
強い結束力を持ったミノル達の動きは迅速で、生協や盛岡CLUB CHANGE等の協力も得て、プロレベルとして全く問題ない、クオリティの高いこのイベントを実現させるに至った。正直すごい実行力だよ。強い思いがあれば夢は実現できる、っていう見本みたいな話だ。ミノル自身も家は津波でやられているが、彼や仲間達、宮古の人達の力は本当にすごい。


そして遂に迎えた10.10岩手三陸復興支援LIVE in 宮古「BRAVE FIST FESTA」。会場となるマリンコープDORAは、船の形を模した巨大なショッピングセンター。その広い駐車場にステージが設営され、屋外の特設会場としてこのフェスが行われる。開場の13時前から続々と人が集まり始める。子供連れや若い子達のお客さんも多い。焼きそばや焼き鳥・フランクフルトなどの屋台も並び、ビールも売ってて、祭の雰囲気。めちゃくちゃ天気も良く、昼間は革ジャン着てたら汗だくになるくらいの陽気だった。

一番手のRADIOTSから、ニューロティカ、SAと会場は素晴らしい盛り上がりが続く。俺は開場の時からずっと物販ブースに居て、訪れるたくさんの人達と話しをした。声をかけてきてくれた人達全員の身の上話を聞いた。宮古以外の町の人も沢山いた。田老、田野畑村、野田村、山田といった沿岸の町で、津波で家や家族を流された人達。そう、宮古や大槌軍団のみんなも勿論だが、言うまでもなく会場にはそういった痛みを抱えた人達が大勢いる。そしてそんな誰もが、誰一人下を向かず拳を突き上げている。
あらためて身の引き締まる思いで一層気合を入れ直した。ビーツの一つ前のCOBRAが始まった所で楽屋に戻り、あのお客さん達が待つステージに立つための準備を始めた。

COBRAの演奏が終わり、ビーツの出番になった。始まる前から既にビーツコールが凄い。何というか、熱の、熱さの質がとにかく凄い。切実さ。心からの叫びが伝わってくる。更に気合が入り、己のテンションも集中力もMAXになる。SEが鳴り、ステージに立つ。
いよいよビーツのライブがスタート。「ETERNAL ROCK’N’ROLL」「POWER TO YOU」と来て、久しぶりの「さすらいの歌」。MCを挟み、このイベントのタイトルナンバーとも言える新曲「BRAVE FIST」。拳の上がりっぷりがハンパない。そしてSEIZIの新曲「GREEN DAYS GREEN」。アコギに持ち替え、今年初めてやる「I WANNA CHANGE」。これ以上ないくらい過酷なワイルドサイドを今まさに生き抜いている、この三陸沿岸被災地の全ての友達を勇気づけたかった。そして「MY HOME TOWN」。誰にとっても大切な故郷の歌。この夜は特に心に沁みた。ライブも佳境にさしかかり、遂にこの日のクライマックスを迎える。一番届けたかった曲、分かち合いたかった曲「瓦礫の町で」。心の底から歌い、叫んだ。
会場の熱さはピークに達し「十代の衝動」「BOYS BE A HERO」でビーツのライブは終了。
だが、ありがたいことに怒涛のようなビーツコールが鳴りやまない。本当にありがたい。アンコールのステージに飛び出す。リアルにきらめく星空の下での「星降る夜に」。そして最後は「拳を握って立つ男」。文字通り全身全霊、魂込めて全てやりきった。
自分が参加しておいて言うのもなんだが、本当に素晴らしいイベントだったと思う。宮古の人達、この日集まった東北の人達のパワーが本当に凄い。参加できて光栄だった。

来年も宮古でまたやろうという話もある。東北三陸沿岸地域にライブハウスを作ろうという動き、「東北ライブハウス大作戦」というプロジェクトも立ち上がっている。
我が大槌軍団も「大槌町の復興を本気で考える会:大槌STANDING STANDING」という組織を立ち上げ、これから様々なイベントや行事に参加してゆく。全てはこれからだ。
ここから遥か繋がる未来。心は寄り添い、繋がっている。「瓦礫の町で」の詩の一節。これからもずっと本気で関わっていくし、できるかぎり力になっていきたいと思う。


宮古フェスの翌日、沿岸の被災地にメンバー・スタッフを案内して廻った。宮古の魚市場周辺から、45号線を北上し田老町へ。ここも町全体が壊滅した町だ。まるで要塞のような、高くて巨大な防潮堤が町を二重に守る造りになっているのだが、津波はその4,5mもある巨大な防潮堤を超えて町を破壊し、平地は無人の荒野になった。
この田老町からフェスを観に来てくれて、当日話した人から、数日後にメールを頂いた。「すごく感謝してます。漠然とした不安が消えてなくなったような気持ちです」と。…こちらこそありがとう。そう言ってもらえるだけで、俺達もやった甲斐があります。仮設暮らしだと言ってたし、大変な毎日だと思うけど、心繋がっていけたら、と思う。

田老町から45号線を引き返し、宮古、山田町を抜け、小一時間ほどで大槌町へ到着。平日だが、漁師のツトム&マモチャン夫妻とアニが合流してくれて、町を一廻りする。
やっとメンバー・スタッフを大槌に連れて来れた。震災からこの日でちょうど7か月だ。俺が最初に来た頃は、空は晴れていても吹きすさぶ風はまだ冷たく、海水を巻き上げ、晴れ雨みたいなのが頬を叩いた。臭いもまだ相当きつかった。それから短い夏を経て、今また風は俄然冷たく強く吹き始め、季節は秋から冬への始まりを告げている。
浪板海岸から吉里吉里を抜け、赤浜、安渡、大槌を案内して廻り、最後に城山へ上がり、大槌町全体の風景を見渡す。メンバーみんな映像やダイアリーでしか見た事がなかったこの瓦礫の町の風景を、自分の目で確認している。さすがに感じるものがあったらしく、あとでSEIZIが大槌のみんな宛てにとメッセージを送ってきてくれたのが嬉しかった。

大槌を出て陸前高田までメンバー・スタッフを送る。根こそぎ壊滅した陸前高田の町。まともに津波を喰らった道の駅の建物。ぶ厚い鉄筋コンクリートが見るも無残な姿でボロボロに破壊されている。展望台のみんながいる場所の赤い数字が津波到達の高さ。なんとその高さは13,7mだ。牡蠣やホタテの養殖網がビルの中腹に引っかかっている。恐ろしいとしか言いようのない高さ。ここまで海に浸かったなんて想像不可能な高さだ。
国道を挟んで陸側の平地は、遥か向こうの山の麓まで本当にほぼ何もない瓦礫の荒野。メンバーも今回、自分の目で見た被災地の状況をあらためて噛みしめたようだった。
日も暮れて来て、陸前高田で機材車と別れ、東京へ帰るみんなを見送ることになった。俺は大槌軍団の車で大槌へ引き戻る。メンバーを見送るのって不思議な感じだった(笑)。

大槌へ戻って、この夜は前日の宮古フェスの大槌版打ち上げパーティー的な宴会。昨日打ち上げに出られなかった子供達もたくさん来てくれて、にぎやかな夜を過ごした。毎月来て会ってるうちに子供達もすごく懐いてくれて、受け入れてくれてるのが嬉しい。本当に子供達の笑顔はキラキラしていて宝物だ。本当に未来への希望の光そのもの。俺は、この子達が大きくなって、それぞれが思い描いた自分の未来を選択できるようになるまで、ずっとこの町に関わっていきたいと思っている。本当に遥か繋がる未来だ。この子達が大いに夢を語り、夢を叶える為の道筋を作る手助けを、ずっとしていきたい。9月後半に町内の小中学校合同の仮設校舎が完成し、子供達は元気にそこに通っている。
大槌軍団と子供達の底抜けの笑顔に包まれて、今回の宮古・東北遠征も無事終了した。宮古、大槌のみんなをはじめ、東北の地で会った全ての人に親愛の情と感謝を捧げます。


さぁ!このダイアリーを書き上げたら、今日はこれから前乗りで神戸まで移動だ。明日15日神戸、明後日16日浜松と続く、OKI弾き語りライブ『吟遊詩人のように』。東北のみんなと触れ合い感じてきた様々な思い。伝えたい事、届けたい歌が山ほどある。関西、東海地区で初めての弾き語り。ガッツリ歌い上げるから楽しみにしてて下さい。
そしてその後は東京には戻らず、21日博多、22日北九州飯塚と続くビーツのライブ。人からはハードな日程と言われるが、自分的には全く平気。行動してる方が楽なのだ。めいっぱい感じて、めいっぱい動いて、思いのたけ全てを歌に込めて届けていきたい。

BRAVE FIST TOUR 2011」。信じ抜いた絆と拳。ロックンロールを携えて走っていくよ。ビーツの新しいマキシシングル『BRAVE FIST』、まだ聴いてない人はマジでヤバいぜ。
待ってろ!10.15神戸&10.16浜松OKI弾き語り!10.21博多&10.22飯塚ビーツ!全身全霊めいっぱい魂込めてやり上げます!鳴りやむことのないロックンロールを!何処かの街で会いましょう!
We hear CALL S.O.S from East Japan」「To save them,let’s send the mind」
POWER TO YOU! POWER TO JAPAN!」


追伸。写真は前半が宮古フェスの様子。支度のためCOBRAの本番だけ観れなかったんで写真が撮れなくてゴメン。大槌軍団は子供達も含めて大挙参戦してくれてTHANKS!打ち上げではロティカのあっちゃんやSAナオキにタイセイが大活躍だったな(笑)。SEIZIとCOBRAキーヤン、山根とCOBRAリナ、OKIとSAタイセイ等、なかなか貴重かも。
後半の写真は、田老町、大槌、陸前高田の風景。そして大槌軍団と子供達の最高の笑顔。スマホかパソコンで見てください。


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