OKI'S DIARY 2011
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#316 2011年9月29日(木) 9.17新宿弾き語り〜9.23郡山ライブ〜東北遠征。そして早くも10月2日から秋のツアーがスタート!
9.17新宿弾き語り、9.23郡山ビーツライブの後、24日に岩手大槌、25日に大槌〜釜石〜陸前高田を経由し、南三陸町に届け物をして、仙台経由で26日に東京に戻ってきた。24日の昼間は日焼けするほどの強い陽射しだったが、大槌は夕方から急激に冷え込む。急ぎ足で秋に、そして冬に向かっていくことを実感する。満天の星空がすごかった。
9.17新宿弾き語り。この日はいつもの12弦ギターがまさかの1曲目の途中でいきなり音が鳴らなくなるドえらいサプライズからスタート(笑)。リハでは全く何事もなかったのにいきなり本番1曲目でくるんだから、いやはやホントにライブはナマモノだ。
急遽、この夏ライブデビューしたばかりのルーキー・ヤイリのエレアコに持ち替え、1曲目を歌い直す。これはこれでイイ感じ。5曲ほどやった所でぼちぼち12弦ギターが復活したっぽいとローディーミツルが言うので再び12弦に持ち替え、超久しぶりの「刹那の楽園」。思いっ切り歌に入り込み、調子に乗ってグワワ〜ッと気持ちが高まり、いざ最高潮!という所で再びまさかの断線。もう完全に歌に入り込んでしまってるので、もうギターなんて生音で良いから表の音を切ってくれ!と演奏中にPAの中田君に指示。結局、生音生歌で1曲最後までを歌い切った。逆に凄く刹那の楽園らしい感じがした。
その後はデビュー前の広島時代から使っている重鎮・1984年製オベーションも大活躍。優作さんのカバー「灰色の街」も、言ったとおり目論見通りの結果になってニヤリ(笑)。ルーキーと重鎮の活躍でエース不在の穴を感じさせない、見事な勝利となったのだった。最後まで気長に付き合ってくれたみんな、感謝してます。ありがとう。
9.23郡山CLUB#9。4日の仙台に続いて、震災後の東北で2回目となるビーツのライブ。フロアには震災で入った亀裂が一直線に走る。開場前に店のスタッフから出演者全員に、万が一ライブ中に地震が起こった際の具体的な対応方法が詳しく説明される。強い揺れがあったら店スタッフの判断で客電をつける。演奏を中止しお客さんの安全を確保する。震度4以下なら店の判断でライブ続行も有りうるが、震度5以上であれば交通機関も確実に混乱するのでその時点でライブは即刻中止とする、など多岐に渡る。避難方法や、お客さんを最優先で避難させるマニュアルも実に具体的に設定されている。
前回8月6日の郡山弾き語りの時も感じたが、これだけ地震時の対応について徹底したマニュアルを持っているライブハウスは、俺が知る限り全国でもこの#9以外には無い。裏を返せばこの地域はそれだけ余震の回数も今だ多く、しかも強めの揺れも今だ多い。いわゆる福島の中通り。震災以前からも震災後も、地震速報の度にその名を見る地域だ。そして、当然の事ながら東京とは比べものにならないほどの放射線量にも曝されている。
ビーツはこの日も全身全霊、渾身のライブ。「毒の河を泳いで」や「THIS IS TOKYO JAP.」など仙台メニューとは違う曲達も織り交ぜ、あっという間の120分を駆け抜ける。「MY
HOME TOWN」の時、唇をかみしめ人目もはばからず涙を流していた愛すべきあの男の顔が目に焼き付いて離れない。この歌は、誰もが大切な故郷の風景を思い出す歌だ。
8月6日の弾き語りの時に続き、今回もゲストで出てもらった地元のバンドSCRAP。この日もあいつらのライブは圧巻だった。ボーカルNOBは浪江町、ベースのシンゴは双葉町の人間。しかもシンゴは震災当日に福島第一原発で東電の下請作業員として勤務していた。大地震が起きて総電源を喪失した原発内部から命からがら逃げ延び、原発を破壊したあの大津波を生で目撃したという男だ。よくぞ無事で。そして震災翌日3月12日の早朝、町に響くけたたましいサイレンの音に起こされ、町民全体わけのわからぬままバスに乗せられ猪苗代湖のホテルに連れて行かれて以来、現在に至るまで今だ双葉町の自宅に戻れない“避難生活”を強いられている。
原発からシンゴの自宅まで3km。NOBの自宅まで9km。家に帰れるめどは未だ立たない。かろうじて自宅で暮らせているギターのサトシにしても、家があるのは南相馬の原町だ。放射線量のリスクは限りなく高い。そんなあいつらSCRAPが歌う「FUCK
TEPCO(東電)」。冗談でなく今、世界で一番リアルなパンクロック。更に「あの陽のままU」という曲。いつか
愛した家へ帰ろう、と歌うこの曲の途中、NOBはこらえ切れず泣いた。リアルな思いを歌うのがロック。今これ以上にリアルなロックがあるかよ。胸に響いた。
SCRAPやLOST SOUL REVOLT、DIABOLIC、地元郡山や福島内外からも集まってくれた仲間、仙台から旧知の佐々木泉率いるSTINK
GASPERSも駆けつけてくれた郡山の夜。この日もビーツファン有志の皆さんから大量の米や水、日用品類等をお預かりした。本当にありがたく思う。今回も岩手大槌町と宮城の南三陸町に届けさせてもらいました。そして以前ダイアリーで紹介したZERO
FIGHTERの「日本団結」リストバンド。前回の東北遠征で瞬く間に100個を配り終えてしまい、もっと必要なら!ということで関西在住のファンの方が再び追加100個を送って下さった。本当に感謝してます。
そして翌日24日、俺はビーツ本隊よりかなり早起きして朝6時過ぎにホテルを出発。目指すは岩手県金ヶ崎町の森山総合公園野球場。大槌高校野球部の応援に行くためだ。何故にそんな早朝から高校野球の応援に?・・約束してたから。必ず応援に行く!って。
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ここで、話は前回のダイアリー#315の後半の辺りに遡る。
キミオに観せてもらった大槌高校野球部のドキュメンタリー「ガレキの町
僕らの夏」。そこに登場する2年生エースの岡谷惇喜君と、同じく2年生のスラッガー金野利也君。2人とも家は津波で流された。利也は家族4人を亡くし、父と自分と弟だけになった。どれだけ悲しい思いをしただろう。震災からずっと心も体調も優れないままでいた。もちろん震災からしばらくの間は誰も野球どころではなく、大槌高校も避難所になり、生徒達も手伝いに奔走する。グラウンドには6月まで自衛隊が駐屯していた。
今は二人とも仮設で暮らしているが、入居まではそれぞれ親父さんが瓦礫を拾い集めて建てたバラックや、神社の境内にあるお堂で、初期は電気もない中で暮らしていた。
4月のある日、震災以来学校に来ない利也を心配して惇喜が訪ねる。グローブを持って。「さっそくこれでやる?」「どこでやる?」…瓦礫の中、1か月ぶりのキャッチボール。この日を経て練習に復帰した利也だが、なにせ体調が優れず不調の日々が続く。大槌町を離れて行かざるを得ない部員や、陰で支える3年生の女子マネージャーなど、子供達の切ない思いも並行して描かれる。そして部員わずか11人で迎えた夏の県大会。エースで4番の惇喜が4点を失う苦しい展開。しかし惇喜のタイムリー等で2点を返し、9回には一点差まで迫る。2死一三塁。一打同点のチャンスで迎えるバッターは利也。積極的に打っていったが結果は残念ながらアウト。大槌高校の夏が終わりを告げた。
3年生が引退して新チームになり、エースの惇喜はキャプテンになった。そして中学時代は隣町の中学のエースでライバルだった利也はキャッチャーに転向し、二人はバッテリーを組んでチームを引っ張って行くことになった。番組はここで終わる。涙なくしては観れないほど、胸をえぐられ、真っすぐに心に響く内容だった。
その番組を観た3日後、大槌の連中と宮古・久慈遠征に行った帰りに買った新聞に、大槌高校が秋季大会の沿岸南地区予選3試合を勝ち抜き、秋季岩手県大会出場を決めたという記事を見つけた。惇喜は3失点完投、利也は2本の2塁打で2打点という活躍。俄然俺達が盛り上がっていると、漁師のツトムが「惇喜を呼びましょうか?」と言う。聞けば惇喜は赤浜の親しい漁師仲間の息子さんで、小さい頃からよく知っているという。それなら話は即決だ。その夜、赤浜のアジトにさっそく惇喜を連れてきてくれた。
凛とした真っ直ぐな瞳。初めて会う惇喜は画面で見た印象そのままの素直な少年だった。クローズZEROで源治と多摩雄のどっちが好きだ?と聞くと、多摩雄です、と答えた。来春のセンバツ甲子園に繋がる第一歩となる秋季岩手県大会は9月23日開幕だと言う。そこで、23日の1回戦にもし勝ったら、俺は絶対に24日の2回戦は応援に行くから!と約束した。そして大槌高校は見事1回戦に勝利し、俺は約束どおり24日の2回戦を応援に行ったというわけだ。1回戦は惇喜が完封、利也がタイムリーという快勝だった。
そして迎えた24日の2回戦。俺達は朝10時からの試合開始にバッチリ間に合い応援。キミオやマモチャン夫婦、惇喜のお父さんお母さん達と声を枯らして応援したが、結果は残念ながら2−7で負けてしまった。相手の足を絡めた攻撃に翻弄された感じだ。大槌の2点は惇喜と利也のタイムリー。試合後、惇喜は悔し涙に暮れ、目を赤くしてた。町の人達を甲子園に連れて行きたいと惇喜は本気で思っていた。相当悔しかったと思う。本来なら7点も取られるようなピッチャーではない。主将として責任も感じてたと思う。
「惇喜、また次だ。次だよ。来年の夏だ!」と声をかけ、持ってきたプレゼントを渡す。惇喜はそこに書かれた「めざせ甲子園!」というメッセージをずっと見つめ続けていた。利也とはこの時初めて会い、言葉を交わした。「ナイスタイムリー。良く振れてたな。体調もずいぶん良くなったみたいだな」と言うと「はい、ありがとうございます!」と、はにかみながらもすごく良い笑顔を見せてくれた。なんだかすごく安心した。センター前川君のお母さんやその他父兄の皆さんとも挨拶を交わし、球場を後にした。
ちなみに秋季岩手県大会は花巻東高校が優勝した。新チームもやはり強いようだ。以前も書いたが、この花巻東の2年生キャッチャー佐々木君は大槌中学出身。そう。実は惇喜と佐々木君は大槌中学時代にバッテリーを組んでいた同級生なのだ。惇喜に会った時「もし花巻東と対戦することになったらどう?」と聞くと、惇喜は瞳をキラキラさせて「楽しみです!」と答えてくれた。来年、そんな日が来たらいいな。
今日聞いたところによると、既に惇喜達は毎日朝7時から朝練、夜は9時頃に帰宅と、次に向けて気持ちを切り替え、ガッツリ練習をやってるそうだ。その意気や良し!大槌高校野球部の伝統に、「みんな、あの空を見ろ!」と、天に向かって拳を突き上げ、目標や決意を叫んでみんなで士気を高める儀式がある。その言葉どおり、どこまでも高く広く世界に繋がった空の下、逆境にめげず、大きく羽ばたいてほしいと切に願う。少年達の頑張りは未来への希望の光だ。来年の夏も必ずまた応援に行くよ。
試合の後、大槌町へ。こないだの台風15号で仲間の一人の仮設がまさかの床上浸水の被害に遭ってしまったので、まずは見舞いだ。津波で家を流され、やっと入れた仮設が今度は台風で浸水だなんて、本当に何と言葉にすればよいのか…。今は仮の仮設に移り、なんとか凌いでいるが、元の仮設に戻るのか別の仮設に移るのか決定は出てないそうだ。どんなに気を張って頑張っててもこれじゃあやってられんわ!って気分にもなるわな。
それでも、強い絆と団結力で支え合い、凌いでいるあいつらは本当に凄い。尊敬する。大人も子供もみんな大変で、それがわかってるからこそ、自分のことなど後回しで、みんな自分以外の家族や仲間のために動いているような人達ばかりだ。すごく優しい。
大槌をはじめ、縁あって訪ねるようになった被災地の町で、実に多くの子供達に出会っていることにも、改めて気付く。みんな怖い思いや悲しい思いをしてるにもかかわらず、子供達なりにものすごく頑張っていて、大人に心配をかけまいと明るく振る舞ってたり、涙が出そうなほどとにかく健気で、いとおしくてたまらない可愛い子供達ばかりだ。
大人もみんな苦しい中、子供達のために!という思いを支えにして日々踏ん張っている。少子化なんてもんとは無縁の、家族の絆。地域のコミュニティ。仲間同士の絆の強さ。都会ではとうに失われてしまった、そういう古き良き日本の姿みたいなのを垣間見る。皮肉なもんだな、と思う。なんでこんな良い人達ばかりがこんなひどい目に…って。
前回も今回も、大槌からの帰りは国道45号線を南下し、南三陸町に寄って帰るルート。大槌から釜石、大船渡を抜け、まず陸前高田へ。この町もまた報道などで見るよりもずっとずっと酷い光景が広がる。国道を挟んで海側は、もはや陸地と海と沼の境目がわからないくらい水没してしまっていて、すぐそこまで海みたいな状態になっている。元は沼の畔に建っていたであろう野球場やサッカー場は、海に水没した遺跡の様に映る。見る影もない高田松原の一番端の方、大きな水門の傍に「奇跡の一本松」が立っている。国道を挟んで陸側は、かなり奥まで見渡す限り荒野と化していて、雑草が一面生い茂る。
陸前高田を出て、気仙沼を抜けると、ミツルの故郷南三陸町の歌津、志津川へ到着する。歌津のミツルの母さんの仮設へ届け物をした後、志津川へ移動し地元の若い衆と合流。今月3度目の居酒屋「さとみ」。この家の子供達の笑顔に会えるのも毎回すごく嬉しい。
ビーツファン有志の皆さんからお預かりした分を含めて今回持って行った物資と、ファンの皆さんの協力で収益を上げることができたチャリティーグッズの収益金は、大槌町と南三陸町の縁ある人達とミツルのご両親にきっちり届けさせてもらいました。皆さんの協力に心から感謝してます。本当にありがとうございました!
さぁ!そして暦はあっという間に10月を迎え、今度の日曜日10月2日千葉LOOKから、早くも秋のツアー「BRAVE
FIST TOUR 2011」がスタート!まさにノンストップだ。新しいマキシシングル『BRAVE
FIST』もいよいよ発売開始になる。ビーツの熱と魂を、そして信じ抜いた強い絆をぶち込んだ渾身の作品。思いきり楽しみにしててください!
まずは10.2千葉LOOK、10.7熊谷HEAVENS ROCK、10.8横浜BAYSISと続く関東3連発!そして間髪入れず10.10宮古での岩手三陸復興支援ライブ「BRAVE
FIST FESTA」!東北を廻って帰った後は10.15神戸&10.16浜松弾き語り、10.21博多、10.22飯塚!
全身全霊めいっぱい魂込めてやり上げます!鳴りやむことのないロックンロールを!何処かの街で会いましょう!
「We hear CALL S.O.S from East Japan」「To save
them,let’s send the mind」「POWER TO YOU!
POWER TO JAPAN!」
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