OKI'S DIARY 2011
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#315  2011年9月16日(金) 9.4仙台ライブ!〜東北遠征!明日は新宿で弾き語り!そして来週は9.23郡山ライブ!


9.4仙台CLUB JUNK BOX。待ち侘びた夜。全ての瞬間、瞬間が心に焼きついている。THANK YOU FOR THE TOHOKU BEATNIKS!!! みんなの笑顔と汗と涙。突き上げられた拳。完全に思いが一つに繋がったような、魂が震えるような、凄まじいビーツコール。「BEATNIK ROCKER」「サンクチュアリ」に始まり、「いのちの音」を互いにぶつけ合い、「瓦礫の町で」を心震わせながら共有し、初披露の「BRAVE FIST」さえ大合唱になった。最高だ。そうとしか言い表せない。みんなの熱い思いが炸裂し共鳴した最高の夜だった。

震災で失ったもの、奪われたもの、引き裂かれたもの、…現実と闘うビート二クス達が「引き裂かれっぱなしで終わってられっかよ!!」と言わんばかりの凄まじい気迫で立ち向かってくる。すがりつくような眼はそこには一切ない。優しく強くて熱い眼だ。ロックンロールが心にパワーを生むことを知っている者達の強さ。信じ抜いた絆と拳だ。俺達やみんなにはロックがあってよかったな。あらためて、互いに心からそう思えた夜。まだまだ厳しい被災地から、仮設住宅や半壊で修繕中の家からも沢山の人が来てくれて本当にありがとう。心から感謝してます。何度でも言う。心は寄り添い、繋がっている。共に明日に、未来に向かうのみ。求める声があるかぎりいくらでも動くよ。これからも。


そして仙台ライブ翌日から10日間ほど東北の各地を廻り、一昨日東京に戻ってきた。いろんな町で触れ合った復興に向かうビートニクス達。子供達。団結と結束の旅。


今回も仙台でヒロユキに車を借り、まずは三陸道でローディーミツルの故郷南三陸町へ。ミツルに加え、今回はベースの山根も初めて参加。岩手の大槌町から9.4仙台ライブに遠征してくれた大槌軍団の中からも漁師のマモチャン夫妻とごっついヤッチョが参加。
町に着いていつものように、高台にある志津川中学校から志津川の町全体を見渡す。ここからの風景は、テレビで南三陸町がレポートされる時には必ず映る風景だ。知らずともたぶん全国の人が一度は目にしている。湾から川沿いに瓦礫の町が広がる。一見ずいぶん瓦礫も減って雑草が茂る原っぱのように見えるが、元は全てが住宅地だ。志津川軍団のタカシや信やサチやシズオ達の流された家も全てこの風景の中にある。

一旦志津川の町を抜けて、ミツル母さんの住む歌津の仮設住宅団地へ向かう。あれやこれやの差し入れを届けつつ、そっくりなミツル母さんとの爆笑トークタイム。母さんは津波の時、高台の介護施設で働いていて助かった。今は避難所のお世話係だ。
その後、歌津の海の真正面3m程の海抜ゼロ地帯にあるミツルの実家に皆を案内する。ある、と言ってももちろん津波で今はもう何もない。かろうじて家の基礎が残るだけだ。おまけに家の敷地内に仮設道路の砂利が敷かれ、電柱が建てられている。目の前は海。津波を喰らった大槌の人間でさえ「こりゃ無理っすねぇ・・」と苦笑いするしかない。「復興」なんてどんだけ先の話になるんだよ・・、何も光が見えるような状態ではない。が、それでも前を向くしかない現状。いつもミツル母さんの笑顔に涙が出そうになる。

歌津を出て志津川に戻り、タカシ達志津川軍団と合流。今は入谷地区の奥さんの実家で仮の経営を再開した居酒屋「さとみ」で団結の宴。マスターの真さんは彼らの兄貴分だ。彼は震災当日、海から約300mの国道45号線沿いの高野会館で仕事をしていて、中にいたお年寄り達300人以上の全員を屋上に避難誘導し、全員の命を救った男でもある。
そんな真さん家にミツルやタカシの志津川軍団が集まり、子供達も一緒に賑やかな宴。スノボ選手の花連ちゃん、すっかり懐いた礼君、幼稚園皆勤賞の禅君、末っ子の空君。花連ちゃんの可愛い友達姉妹も。・・さっき光が見えないと書いたばかりだが前言撤回。この子達の笑顔が光だ。被災地でいつも感じることだが、やっぱ子供は光そのものだ。運悪く津波に流された子供達も沢山いる。逆に親や家族を失った子供達も山ほどいる。その子達の分まで、生き残った大人達や全国の人が団結していかなければと強く思う。

宴も佳境にさしかかった頃、こっそり仕込まれていたギターが登場。タカシの仕業か。リクエストに乗せられて歌う事に。「MY HOME TOWN」「VOICE」、締めは「INNOCENT DAYS」。ミツルやタカシは若い頃INNOCENT DAYSをバンド名にしていた。あれから10年が経つ。誰も予想しなかった今の境遇。しかしそれでも人生は続いてゆく。LIFE GOES ONだ。

その夜は志津川軍団の中でかろうじて家が無事だった洋司宅にみんなで泊めてもらう。朝になって庭から見たら、海はすぐそこ。この家のすぐ下の家は一階が波でぶち抜かれ、もう一段下にあった家々は集落ごと全て流されて雑草が生い茂る原っぱになっていた。紙一重の差。洋司達は「チームTheでくのぼー」という組織を組んで瓦礫撤去をやった。行方不明者の捜索も。流された実家の民宿を再建するため最近地鎮祭を済ませた由輝やヒロキ、ジュンヤといった面々も、みんな真っ黒に日焼けした顔でたくましく笑う。

国道45号線近辺の市街地はいまだ瓦礫の山。よく似た地形の大槌の人間でさえ驚く程。サンポートのぶち抜かれた1階にはいまだ沢山の車やヘドロや瓦礫が詰まっている。向かいにある大きな志津川病院は波の高さが4階まで達し、完全に壊滅している。サンポートの横や裏手は水が溜まり、かなりの深さの巨大な池になってしまっている。その隣が高野会館だ。どれも強固な作りの建物なのだが、津波の高さが恐ろしすぎる。

南三陸町の防災対策庁舎の職員だった遠藤未希さんの話は皆さんもご存じだろうか。防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、自らは津波に呑まれ24歳の若さで亡くなった。去年結婚したばかりで、今年9月つまり今月には披露宴の予定だったという。
そしてその遠藤さんに避難を促した上司の三浦毅さん。この方も同じく亡くなった。この三浦さんという方はミツルの母校である歌津中学校で野球部のコーチをしていた。日テレの「Going!」という番組で歌津中野球部の特集があり、被災した野球部の子達が三浦さんに白星を捧げようと奮闘する。試合の場面で「FIGHT FOR YOURSELF」がかかる。涙なしでは観れない。庁舎には練習着や花が供えてある。皆でお参りし、手を合わせた。

南三陸町を後にして、三陸道に乗り東松島へ。今は広島で働いている隆二の故郷だ。野蒜海岸に打ち寄せる波は確かに荒いのだが妙に静かで、やはり時が止まったかのよう。松林は悉くなぎ倒され、住宅地はやはり大半が基礎だけを残した原っぱと化している。東松島でミツルや山根達と分かれ、みんなは東京へ戻り、俺は岩手に行くため残った。


1か月ぶりの岩手大槌。今回は初めて仙台からも同行したいという連中を連れて行った。長年仙台で世話になっているTHE MAD MAGAZINEというバンドのボーカリスト江口、国分町のロックバーJET SALOONのヒューマ、ライブハウスBIRDLANDの遠藤君の3人だ。これでもかってくらい大量の米や野菜や酒に飲料類に、ガツンとまとまった見舞い金。さすがデキル連中だ。自分で持って行った分も合わせると結構な量の物資基地になった。

釜石で漁師のツトム&マモチャン兄弟と合流。大槌へ着いてまずは城山から町を見渡す。ここからの風景も必ずと言っていいほどテレビなどでよく映る、大槌の町のほぼ全景。この場所から撮影された津波のリアルタイム映像を預かってツアーに持って行った。関東や西日本の仲間達に観てもらったね。同じ場所で撮った写真を並べて載せておこう。左が5月に撮った写真で、右が現在だ。城山からの風景と赤浜の民宿あかぶ近辺の写真。初めて大槌を訪ねた時のダイアリー#308「瓦礫の町で出会った男達」に載せた分と今だ。まる4か月が経って、町には雑草の緑が随分増えた。民宿の脇に降ろされていた遊覧船はまゆり(震災から5月10日までこの民宿の上に乗っていた)は6月に解体されている。

江口達に町の中心部や仲間達の家の跡地などを案内した後、いつもの赤浜のアジトへ。仕事を終えた仲間達も続々と合流。この日は「本気で大槌を復興させる会」の結成祝い。彼らはこの会に「大槌STANDING STANDING」と名付けた。瓦礫の町から立ち上がる為に。
今まで個人的にいろいろ応援してきたが、ビーツとしても正式に支援金を贈る事に決め、ビーツのチャリティグッズの収益で得た金をこの日彼らに手渡しさせてもらった。彼らなら間違いない。この大槌軍団は必ずこの町を自力で再生していく力を持っている。

翌日は、震災直後の大槌の町から一番最初にメールをくれた男キミオの誕生日祝いの宴。3月19日、まだ大槌の町全体が何もかも最悪な状況の中で書かれ、まる一日かかって届いた魂のメール。それをくれたのがキミオだった。ダイアリー#301掲載のメールだ。
あれから半年。キミオ達は約束どおり心折らず、拳を握って強く笑顔で生き抜いている。そして俺達も約束通り東北の地に立ち、ロックを鳴らし、皆とまっすぐ向き合えている。信じ抜いた絆と裏切らない拳だ。今後もできるかぎり応援していきたいと思っている。


今回は少し長めに滞在できたので、北へと足を延ばし宮古と久慈まで遠征。大槌から国道45号線で吉里吉里、波板海岸、山田町と沿岸地域を走り、まずは宮古へ。宮古市役所付近の堤防沿い。テレビで何度も放送される、あのどす黒い波が襲った場所。途中の山田町の復興の速さっぷりも凄かったが、宮古の市街地の復活ぶりも更に凄い。あの宮古市役所からの映像は凄まじく、とても半年足らずでここまで町が復活しているなんて想像もつかなかった。大槌軍団いわく「山田の人はどんどんやる。宮古の人はガンガンやる」気質なのだそうだ。海っぺりの瓦礫地帯にピカピカの新築を建ててたり。相当危険だとも思うが、それが気質なのだろう。お許しだなんだぁ待ってらんねぇ的な。

宮古で10月10日に復興支援ライブ「BRAVE FIST FESTA」をやるマリンコープDORAに到着。コープってのはつまり生協のあれだ、地方でよく見る生協のでかいスーパーだ。そもそも、このイベントも宮古のファンの人がくれたメールがきっかけで生まれたもの。宮古の魚市場仲買人組合ワカシの会の伊藤稔君という男がくれた一通の熱いメール。「宮古で三陸復興支援ライブをどうしてもやりたい。やってもらえませんか!」と。連絡先もきちんと書いてあったので、俺は電話をして直接話を聞いた。稔は驚いてたが、7月3日仙台弾き語りライブに来るというので、じゃあそこで話を詰めようとなった。スケジュールを調整し、10月10日ならビーツはOKだよ!となってイベントは実現した。最初のメールから1か月も経たないうちだ。確かに宮古の人はガンガンやる、は本当だ。

その稔にDORAまで来てもらって、会場の下見や打ち合わせ。とにかくやる気が凄い。パワフルで熱い。そしてクレバーだ。大槌軍団も食い入るように図面を覗き込む。ただやりたいやりたい、やってほしいやってほしい、なんてのじゃなく、やるんだよ。もの凄いやる気があって、しっかりした企画を立てて、しかも必然があるのであれば、話を聞かない人間なんていない。少なくとも俺は聞く。話はまずそこからだ。DORAにはポスターがガンガン貼ってあり、支援Tシャツの販売コーナーまであった。国道106号線の山の中の、道の駅にもポスターが貼ってあった。その実行力に感動する。

稔と急遽駆けつけてくれた実行委員の太田社長とイベントの成功を誓い合って別れ、宮古を出て再び国道45号線を北に向かう。田老地区の凄まじい津波の爪痕に息を呑む。小本、田野畑村、普代村、そして野田村・・ここの堤防に大津波がぶち当たる瞬間の凄まじい映像をよく覚えている。波というより海ごとぶち当たって爆発しているような。半年経った今でもこの辺の壊滅ぶりは目を覆う凄まじさだ。大槌や南三陸町もそうだが、地形が似ている。狭い湾に津波が何度も流れ込んで高さと破壊力を増してるのがわかる。

久慈に着いて、11月19日にビーツがライブをやるUNITYのスタッフ三河ちゃんに連絡。店を訪ね三河ちゃんと3カ月ぶりの再会。彼女は5月まで新宿LOFTで働いていた子だ。震災を機に、故郷の久慈に戻って我が町を盛り上げていきたいという熱い思いを持って、長年勤めたLOFTを辞め久慈に帰った。送別会の席で、三河ちゃんの久慈での初仕事は必ずビーツが行ってやるから!と約束していたのだ。彼女のLOFTデビューもほぼビーツ。縁あって、北限の海女で有名なこの三陸の小さな町久慈でライブをやることになった。そして当日一緒にやる大槌のバンドprisoner11のコウタ達も挨拶に連れて行った。コウタは漁師のツトムとマモチャン兄弟の間の次兄に当たる。賑やかな熱い夜になる。


久慈を出て八幡平まで行き、骨休めに一泊。大人の修学旅行岩手編だ。束の間の休息。翌日、盛岡から国道106号線経由で大槌へ戻る。この日がちょうど震災から半年目。祈りと慰霊の日だ。町に着いてすぐ、大槌軍団キミオやシゲオの母校大槌高校に寄る。
NHKが大槌高校野球部を追った「ガレキの町 僕らの夏」を2日前に観せて貰って以来、俺はどうしても野球部の子達に会いたくて、会って抱きしめて励ましたい気持ちだった。野球部は午前中が練習だったらしく、グラウンドでは少年野球の子供達が練習していた。会えなくて残念だったが、子供達の姿に救われる。やはり子供は光で希望そのものだ。

実はこの後、サプライズがあり素敵な子供達に出会う事になるのだがそれはまた次回。だって下手すりゃその話だけで、ここまで書いた文量くらいになってしまいそうなのだ。明日の新宿Naked Loftの弾き語りライブでさっそく喋ってしまうに違いないけど(笑)、とにかく今回の遠征は、たくさん子供達や十代の子達との素敵な出会いをさせて貰った。

来週もきっと時間がないから、更新はたぶん郡山遠征から帰った後になると思う。その郡山ライブはDIABOLIC小林兄弟や、NOB率いるSCRAP、門馬のLOST SOUL REVOLT、仙台から参戦の佐々木泉率いるSTINK GASPER達ゴキゲンな連中とガッツリ熱くいくよ。福島のいろんな町や、東北、北関東からも熱い参戦予定の報せがたくさん届いている。

さぁ!明日は東京で3年ぶりにやるOKI吟遊詩人弾き語り@新宿Naked Loft!そして来週23日はビーツ本隊での「FOR THE TOHOKU BEATNIKS!」@郡山#9ライブ!全身全霊めいっぱい魂込めて歌い上げます!みんなの心を元気にするPOWER SONGを!
We hear CALL S.O.S from East Japan」「To save them,let’s send the mind」「POWER TO YOU! POWER TO JAPAN!」


追伸。近々、NHK総合テレビで大槌の特集番組が2本オンエアされる予定です。
9/19(月)午後1:05〜1:50「ガレキの町の小さな一歩 大槌小学校6年生」
9/23(金)午後1:05〜1:50「結束の集落 再起へ」
23日オンエアの番組は3月からずっと大槌の人々を追っているNHK大阪放送局の石田ディレクター入魂の作品。興味ある方は是非観てください!


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